アスベストの第2回です。

確かに、恐ろしいことが我々の身の回りにおこっていることは事実です。
アスベスト被害がでてしまっていること、さらに、今後も当分の間このような被害がでることが確実である現時点で、どのようなことが議論できるのか。
それが本日の観点。

もう一度事実関係をまとめてみましょう。

海外では1900年代初頭から、

アスベストによる健康被害を指摘する論文が報告されるようになった。
世界保健機関(WHO)が72年に発がん性を指摘すると、76年にはスウェーデンが、83年にはアイスランドがアスベストの使用を全面禁止するなど、欧米を中心に先進的な対策をとる動きが広まった。
国際労働機関(ILO)は86年、毒性の特に強い青石綿の使用を禁止する石綿条約を採択した。
日本でも75年、労働者の保護を目的にアスベストが飛散して吸い込みやすい吹き付け作業が原則禁止されたが、「代替が困難」「管理しながら使えば安全」などとして、使用禁止に向けた動きは鈍く、アスベストの輸入量も80年代後半に再びピークを迎え、93年まで毎年20万トンを超えていた。

アスベスト問題は

労働者の健康にかかわる「労災」と考えられていた。
それが、一般市民にも影響を及ぼす「公害」ではないかとクローズアップされてきたのは、大手機械メーカー「クボタ」の発表が端緒だった。

同社は6月末、アスベストを扱っていた旧神崎工場(兵庫県尼崎市)の従業員や周辺住民が中皮腫を発症し、死者も出ていることを明らかにした。
この発表を機に、他のメーカーなども、同様の健康被害が起きていることを公表した。

アスベストの付着した作業着を洗濯していた工場の労働者の妻や、アスベストが吹き付けられた店舗で長年勤務していた男性が中皮腫を発症して死亡していたことも、次々に明らかになった。

仕事中にアスベストを扱って、


中皮腫や肺がんとなった例も、労災が認められた人だけで848人にも及ぶなど、これまで一般に考えられていた以上に、アスベストの健康被害が深刻なことが浮き彫りになった。

アスベストの工場や鉱山で、健康被害が労働者だけでなく、家族や周辺の住民に広がっていることは、海外では1960年代から報告があった。
旧労働省や旧環境庁などもこうした事実を把握していた。
今後、具体的な検証が行われるが、日本国内の対応が後手に回っていたことは否めない。

茶石綿、青石綿の使用が原則禁止されたのは95年。
白石綿は昨年、ようやく使用が原則禁止となった。

政府は今回の問題を契機に、

代替化が困難として使用が認められた一部の製品も含め、2008年までに全面禁止する方針を打ち出し、さらなる前倒しを業界に働きかけている。

一方で、「クボタ」の発表以降に明るみに出た健康被害は、日本の対策の遅れが原因だと、単純には論じにくい面もある。
アスベストの危険性が明確になる以前で、対策の取りようがなかった時代にアスベストを吸い込み、発病した人も多いとみられるからだ。

厚生労働省は、2003年に中皮腫で死亡した878人について、職業や住所などを追跡調査し、アスベストとの関連を検証するなど、ようやく実態解明に動き出した。

政府は、健康被害を訴えている労働者の家族や周辺の住民の救済措置について、特別立法も含めて検討を行い、9月中に結論をまとめる。

具体的に、日本並びに諸外国の政府、行政、マスコミ等の動きを表にしてみると次のようになります。

1971年 日本、特定化学物質等障害予防の制定で、石綿などの物質の取り扱いを規制
1972年 IARCによる石綿の発がん性指摘
1972年 ILOの専門家会議で石綿の職業がん発生指摘
1974年 米国産業衛生専門家会議が石綿の職業がん発生を指摘
1975年 日本、建設現場での吹き付けを作業を原則禁止
1976年 朝日新聞7月21日報道:日本、労働省通達で、危険性指摘
1988年 日本、作業場所での飛散量を規制する管理濃度の策定
1989年 WHOが青石綿と茶石綿の使用禁止勧告
1989年 米環境保護局が石綿の生産・輸入の段階的な規制
1993年 EUが青石綿と茶石綿の使用禁止
1993年 ドイツが一部を除いて使用禁止
1995年 日本、青石綿と茶石綿の製造・使用を禁止
1996年 フランスが一部を除いて使用禁止
1999年 イギリスが一部を除いて使用禁止
2004年 日本、石綿の使用禁止
2005年 EU、石綿の使用禁止
2005年 日本、建築物解体作業時の対策を定めた石綿障害予防規則の制定

外国でのアスベスト被害の実例


米国では78年、造船所従業員の家族5人のうち、3人が石綿関連病で死亡した悲劇が報告された。
夫は絶縁工事の際に石綿を吸って肺がんで死亡。
さらに着衣などを通じて石綿を吸い込んだとみられる妻と長女が中皮腫で相次いで亡くなった。
海外では80人以上が家庭で何らかの形で石綿を吸って中皮腫になったとの報告がある。
周辺住民の症例も多い。
英国では65年、石綿工場周辺で11人が中皮腫になったとの報告があった。
米国では67年、石綿を使った紡織、摩擦材、断熱材の各工場周辺で、住民計8人の中皮腫患者が確認された。
同様の周辺被害は少なくとも200例近く判明し、どこでも十分起こり得ることを示している。

被害意識が低く、国内規制は71年

石綿関連病を巡っては、55年に英国で、吸引した石綿と肺がんの因果関係が疫学的に立証された。
しかし、日本で規制が始まったのは71年。
「特定化学物質等障害予防規則」(特化則)が施行され、石綿粉じんの排気装置の性能基準を定めた。
75年の特化則改正で、ようやく発がん物質と指定したが、石綿の使用自体は、空気1立方センチ当たり5繊維とする「管理濃度」を定めて容認した。
ところが欧州各国で濃度基準が次々厳しくなったことから、旧労働省は76年、空気1立方センチ当たり白石綿は2繊維、青石綿は0.2繊維とする通達を出した。
クボタは「厳しすぎる」として青石綿の使用を中止した。
一方、工場外への排出基準は、89年の大気汚染防止法改正で初めて、敷地境界で1リットル当たり10繊維と規制された。
日本で石綿が原則使用禁止になったのは昨年10月。
これに対し主な国の全面禁止年は、アイスランド83年、ドイツ93年、フランス96年、英国99年。
今年4月の参院外交防衛委員会で、沢雄二委員(公明)が規制の適用除外としたシール材など3製品について理由をただしたのに対し、小田清一・厚労省労働基準局安全衛生部長は「代替品の開発が十分でないから」と答弁、健康被害への意識の低さをうかがわせた。


日本でのアスベスト使用の実態

日本の石綿輸入のピークは74年と88年。
日本の石綿の使用量は、1950年ごろから徐々に増え始め、1974年ごろピーク状態になり、1988年ごろまでそのピーク状態(25〜30万トン)が続いた。
そして、減少をはじめ、2004年ごろにゼロになった。合計使用量は、1000万トン余。
一方、米国での石綿の消費量は、1950年から1978年ごろまでほぼ一定値で、60〜70万トン。
1980年に急減し1990年頃に実質的にゼロ。
合計使用量は、2000万トン程度。
欧米では戦前から大量に使われており、専門家は、中皮腫や肺がんなども欧米の前例を再現するように激増すると予想している。


日本でのアスベスト被害の実態と将来

厚生労働省が発表したデータによると、健康被害で04年度に労災認定を受けた人が前年度の1.5倍の186人。
中皮腫が127人、石綿による肺がんが59人。
厚労省は、潜伏期間を考えると、今後、認定件数はさらに増える、と予測している。
富山医科薬科大学の村井助手が分析したデータがありますが、それは58年から96年に報告された105万例以上の解剖結果から中皮腫を抜き出した。
それによると、1846人が該当し、男性が1287人、女性は558人。
死亡時の年齢は、7割以上が50〜79歳だった。
問題は、石綿との関連性で、石綿に接触する可能性の無い人が4割もいたということ。
もしもそのデータが実態を反映しているものとすると、職業的に石綿に接触していない普通の人でも中皮腫になる可能性が高いということになる。


皆さんよく知っておられるスティーブ・マックィーンは1980年に50歳の時肺がんで死亡していますが、原因としては、石綿が疑われています。
自動車レーサーだったので、石綿製の防火スーツを着ていた。
防火スーツを着なければ、事故の際火傷で命が危なくて着ていたわけなのですが、死因として、その石綿が疑われるとは、悲しい話です。
今後とも、かなり中皮腫で死亡する人が増える可能性が考えられる。
暴露のピークは、恐らく建物への吹き付けが禁止された1975年頃。
それまでは、かなり環境中への放出量も多かったであろう。
となると、潜伏期を30〜40年だとすると、2005年から2015年がピークになる。


中皮腫がどのぐらい増えているか、人口動態から解析したデータが赤旗に出ていて、それによれば、1995年の500名が2003年には878名と、ほぼ直線的に増加している。

日本での、肺がんで死亡している人数をみてみよう。
インターネットで調べたものを図1に示します。

肺がんなどによる死亡数

肺がんはすごい増加率です。
1995年には45745名、それが2003年には56720名まで増加している。
もう一つ増えているのが、大腸がん。
それに比べて、胃がんなどは余り増えていない。
さまざまながんの増加率が多少鈍っているのが現状なのだが、肺がんは例外の最たるもの。それがアスベストのためかどうか、それは疑問である。
なぜならば、中皮腫による死亡者がまだ少ないからだ。

 
 アスベスト被害は防げたのか

1970年というと、すでに35年前。
たった35年前と言えるかどうなのか。
例えば、イギリスのような国だと、恐らく、余り価値観が変わったとは言えないだろう。
しかし、日本は、1970年と言えば、それこそ環境最悪の状況であった。
水もひどかった。
空気もひどかった。
化学物質汚染もひどかった。
農薬による被害もひどかった。

それをよく示している図があります。

です。

:水質基準を超している地点の割合の推移

これは、環境省の発表によるもので、水質基準を超している測定地点の割合を示すもの。
1971年からのデータしかないのですが、その時点で、1.5%ぐらいの規制オーバーがあったのが、大体10年ぐらいで1/10ぐらいに減って現在と余り変わらない状況になっている。


経済の状況だってそうで、


1960年での日本のGDP capitaは$5000。
米国の1/3、スウェーデンの1/2のGDPだった。
となると、命というものに対する考え方が全く違っていたと考えてよい。
企業人間は、企業に対する忠誠、環境問題への対処、などに対する考え方が相当に違っていた。
しかも、そのような考え方は、徐々にしか変わらない。
高度成長期には、多少の健康被害は見逃される傾向にあると考えられるからである。
現在の中国、東南アジアでもどうしてもそのような傾向にある。

アスベストは労働問題?

「アスベストは労働問題だ」という認識を変えない限り、アスベスト問題の根本的な解決にはつながらないことを念頭に、新たな法整備も視野に入れて取り組んでもらいたい。
社会の隅々にまで入り込んでしまったアスベストには、労働法の枠を超え、省庁の枠を超えて、国全体で取り組むほかはない。
通常の使用では安全と言い続けながらアスベストの使用を認めてきた国土交通省や、日常生活の場で国民の安全を守るべき環境省が、率先してかかわることのできる体制作りを急ぐ必要がある。


余談ですが

--新聞朝刊の記事の概要です。
アスベスト対策が遅れたのは、省庁間で規制の動きをお互いに牽制したり横槍を入れたからだという議論をし、かつ、今回の被害者救済に対応する新法は、選挙を意識したもので、中身未定であると指摘。
選挙が現実の問題となる以前には、アスベスト問題は、「薬害エイズとは全く別。
行政には問題なしと国民に説明するためのもの」という結論が先にあって、そして過去の検証をしてきた。
ところが、解散風が吹いて議員の雰囲気が一気に変わり、「世論が収まらない」との声が政府・与党内に広がった。
そのため、閣僚から「決定的な失敗」との声まで上がった。
こういう経緯から、アスベスト対策への考え方が、選挙対策であることは明らかとも思える。
その意味で、被害者にとって選挙は追い風だ。
過去、国に限らず、メディア、専門家を含め、さらには、労働現場での被害者を含め、すべての個人・団体がアスベスト被害はそんなに重大ではないだろう、と軽んじていたのは事実。
その過ちを償うためにも、新法の成立は救いになる。


今回のアスベスト事件の特徴は、

(1)潜伏期が30〜40年もあるため、過去の問題である。

(2)被害の大部分は、1975年までの曝露による。
すでに30年が経過している。

(3)過去の問題なだけに、補償制度を考慮することが解決法の一つになりうる。
特に、労災の対象にならない、周辺住民への補償が重要。

(4)建設物に残っている過去の遺産としてのアスベストへの対策、特に、解体時における十分な対応が必須事項である。

(5)それ以外には、現時点からの対策によって減らすことのできるリスクは極めて限られている。例えば、アスベスト使用の全面禁止、すでに廃棄された安定処分地を掘り返してのアスベストの処理、などがトータルリスク削減に繋がるのか、慎重に判断すべき。
 
(6)今後継続的に存在するような未来の小さなリスクに対応する場合、どのような思想が良いのか、その原理原則を議論するのに、極めて適切な課題である。
少なくとも、選挙民対策という政治的な決着はまずい。

(7)今後、同様の問題が起きるとしたら、可能性があるのは何か、その予見を十分行うことの方が、むしろ重要である。

(8)「リスク評価に基づかない予防原則」を振りかざすことが、最悪の対応方法である。


要するに、今回のアスベスト問題では、

過去の問題と未来の問題とを明確に区別して、適切な議論を行う必要がある。
ところが、困ったことには、解散の影響が大きくて、アスベスト全面禁止といった対応が無条件に正しいという誤解が政府・与党にはあるようなのだ。
それに対して、行政も抵抗できない状態のようだ。勿論、アスベスト全面禁止が正しい解である可能性も否定はできないが、メディアの論調だと、「どうして危険なものは全面禁止しないのだ」、「それは過去の過ちを認めたくないからか」、といった具合である。
メディア自身もその当時は間違ったのだ、という認識と反省が欲しい。
メディアが正しい判断をしないと、市民にその正しさが伝わらない。
となると、いつまでたっても、真の解決を見ることは無いといえる。

 
アスベストだけでいいのか

アスベスト被害者にとって選挙は追い風となり、労災であれ公害であれ認められるだろう。しかし、他の環境の悪化が作り出す疾患で苦しんでおられる方、特定疾患のように難病で原因不明の病気の方々、また自立できなくなる障害者の方々など、公金をいかに公平に分配するべきかという視点が欠如した政策が行われているのではないのか。
大きな疑問が残る、この頃である。

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